« 2009年1月 | トップページ

2009年2月

性粋

bottle 酒を呑まされ酔わされ抱かれ 乗せられあえぐ 救急車   2009・2・25

bottle 痛い痛いの太くて痛い いきなり打ち込む 注射針   2009・2・25

bottle 春に接吻(キス)して夏抱き合って あっという間に あきが来た  2009・2・25

bottle わたしゃ月夜の野草の虫よ あなたが寄れば 泣きが止む   2009・2・25

bottle 説いて泣かせる聖人よりも 魔羅でなかせる 主が好き    2009・2・25

bottle 先に行くのは薄情者よ いくなら一緒に 法悦郷     2009・2・25

bottle いれて恥ずかしあなたにまかせ 夢見心地の 耳そうじ  2009・1・29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

真意の一言

sun信じるなよ、男でも、女でも、思想でも。本当によくわかるまで。わかりがおそいことは恥じゃない。後悔しないためのたった一つの方法だsun

1978年菊池寛賞を受賞した歴史小説家五味川純平の、著書『戦争と人間』からの一文である。

しっかり物事を見極めることは、たやすい事ではなく、さらに勇気のいることである。軽率に信じたり、うわべだけの知識で知ったかぶりするのが世の常で、深く考え、疑い、わからないものは解らないと言える人は少ない。私の好きな佐高 信さんが少ない一人であって欲しいと思うが、彼が「日本人は重度の「軽信症」を患っていると思っています。軽く信じて軽く捨てる病いです。」と言っている。疑って疑って疑いぬいて本質を捉えようとする日本人がいなくなったと彼は嘆く。

悲しいけれど政界、財界、マスコミすべてに、巌(いわお)のごとくどっしりとし、荘厳なる人物がみあたらない。言ったりやったりすることがあまりにも軽々しく、どうなる日本と危惧さえ感じる。他人のことを言える立場ではないが、この悪しき環境に於いては、疑って疑いすぎることは無いと思う。自分が信じ得るまで追求する、これが今われわれには必要なのだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

至心

pencilしゃらしゃらと極寒の雪は啼くと言う 語りし女人の冴える琵琶の音  090223

pencil妖艶の肌をさらして弾く三味の 音にくるまれて君は美し  090223

pencil山梅に小首傾(かし)げて結うみくじ春風そよぐ君の肩先   20090219

pencil旅に出で燦々の粒子(つぶ)跳ね踊り遊びし子らも活きて輝く   200805

pencilしくしくと利根川橋の睦月雨我をみそぎて連山(やま)に飛び散れ   200901

pencil降り立てばただ手を握り涙した老母を想う駅に咲く花   20090217

pencil道を説き 仏を説いて神を説く 千年先も人は変わらず   090209

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今必要な一言

sun空気を搾り 一滴の水をしたたらすsun

「司馬史観」と呼ばれる独自の歴史観に基づいて数多くの作品を執筆した、司馬遼太郎の言葉である。代表作に「竜馬がゆく」「国取り物語」「坂の上の雲」等がある。小説を書く上で、ものすごいエネルギーが必要であることを、比喩的に言った言葉である。

人は、「効率化」の名の基に、飛躍的に文明を進化させてきた。「効率化」は時間を短縮させ、作業を簡素化し、新しい手法や機器を創造した。生活は向上し、誰でも平易に物に取り組むことができるようになった。全て「効率化」のおかげである。しかしこの「効率化」が生み出した平易さが、なぜか今の我々現代人の安直な考えや行動を助長したきらいがある。「効率化」の恩恵にどっぷり浸かり、自ずからじっくり考えたり行動したりせず、判断力にも乏しく、がまんを知らない。〔急がばまわれ〕は死語になってしまったかのようだ。だから、無責任で、安易な言葉や行動が、巷に満ち満ちている。最近の政治家の言動などは、この最たるものである。

『空気を搾り、一滴の水をしたたらす』くらいのエネルギーを持って、物事に深く対処したことがあるだろうか。蛇口をひねればすぐ水が出る生活に慣れてしまい、平面的に浅い対処で済ましてきたのではないだろうか。安易に「効率化」を早急すぎると、逆に「非効率」になる可能性があるし、後に禍根を残す最悪の事態に成りかねない。

今こそ、、「効率化」を脇に置き、この言葉をじっくりかみしめてみるべき時ではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

乱調

pencil隠れ蓑 はがされ醜態さらしても  身は透明と 強がる小沢天狗  090305

《詞》西松建設の献金疑惑は、第一秘書が強要したとしたら、それはもう汚職でしょ。

pencilカネをくれ 今はとにかく カネをくれ 今はとにかく 今はとにかく 090304

《詞》定額給付金がやっと決まった。さもしいと言われても、今は預金ができる生活状態ではないのだから・・・

pencil四十秒 疲れと見るか愚とみるか テレビ横目の 息子が哀れ  090216

《詞》 泥酔状態(薬か酒か)での中川財務相兼金融担当相のG7閉幕後記者会見。四十秒の眼閉じは眠りと評されてもしかたがない。恥ずべき社会の不信に浸かる子供が、哀れに思う。

pencilおおなんと ふてぶてしさに餓鬼が憑き 民意の政治(まつり) 私して喰われる  090214

《詞》 権威の柱にしがみつく者ほど、醜いものはない。麻生さん、あなたでなくても、誰かいるでしょう。そして早期解散して民意を問いましょうよ。

pencil取り替える 継ぎはぎだらけの麻ころも 小沢のお古じゃ なにも変わらず 090214

《詞》 政治の世界も人材不足ですね

pencil良き人も 権威と言う香に狂わされ 徳も捨て去り 義も捨て去り  090210

《詞》 過去あんなに尊敬できた人物が、権威を持ったとたん人が変わってしまうのは、どうしてでしょうか。

pencil笑っちゃう 愚総理評して言う君の ブッシュ尻なめ 笑うに笑えず

《詞》 小泉旋風に踊った過去が、今は悔いてならない。

pencil吹きすさぶ 凍て風さらす桜木の みどり芽待ちて堪えて忍びぬ  090209

《詞》 今はこの悪環境が変わるのを、じっと耐えて待つしかないのです   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

情恋

pencil蒼き夜ひざ抱きかかえ泣く君の白肌なでる月おぼろげに   090216

pencil今朝怒り昼に笑って夕に泣き朝を迎えてまた笑う君     090118

pencilこと終えて淡き乳房の火照(ほて)肌に汗したたり落ちるただひたすらに    090206

pencilむなしさと腹だたしさとなさけなさ酔ってい抱けぬわれを恨め     090206

pencilみちたりて胸にもたれて寝息たて時おりまさぐる手のいとしさよ    090206

pencilその乳房そのくちづけの罪の味知ってか知らずかあえぎ狂う君    090205

pencil 隠れ那須むさぼり交わる恥骨の音を狂い奏(かな)でよ九尾の狐   090202

pencilただ一夜忘我の快楽(けらく)求めしが邪恋の糸にからみ捕わる     090202

pencil淫靡なるアラーキーのフォトに疼く我はいまだに惑いの五十路     081210

pencil朝ぼらけ 呑んでグデングデン千鳥足 添うてグデングデン酔い女(びと)妖し    090216

| | コメント (0) | トラックバック (0)

身近に感じる一言

sunわれ男の子(おのこ) 意気の子 名の子 つるぎの子 詩の子 恋の子 あゝもだえの子 sun

明治大正時代の歌人である与謝野鉄幹(本名 与謝野 寛(ひろし))の『紫』の一首である。。明治32年「東京新詩社」をつくり、翌年、文芸雑誌「明星」を発刊して、ロマン主義文学運動の中心となり、明治34年 鳳 志よう(後の与謝野晶子)と結婚。彼女の歌集『みだれ髪』のプロデューサーでもある。

この歌を真にあじわうならば、鉄幹の当時の生活状況を知らなくてはならない。詳細は省くが、前妻との離縁問題。与謝野晶子と数人の同時恋愛。「文壇照魔鏡」による誹謗愁傷。新詩社の財政難。友人との不仲、彼の周辺は、容易ならざる風が漂っていて、そんな状況下で生まれた歌であった。勇ましい詩つくりで虎の鉄幹と呼ばれた彼であったが、心にうずまく複雑な心境が吐露されている。

意気の子 名の子 つるぎの子=気丈夫=大人の男子。ああされど、もだえの子なのだ。気弱の中に、甘えとナルシズムが見え隠れする歌である。そう感じるのは、僕がもだえの子、そのものだからだ。鉄幹も「多情仏心」の男の子である。「多情仏心」とは、情が多く移り気だが、無慈悲にはなれないことを言う。だからもだえの子なのである。「無情魔心」になれたらスッキリするのにと思うときが多々ある。しかし、もだえの子から脱し得ない。遺伝子が、心の居場所を確保してるせいだ。

pencil淫靡なる アラーキーのフォトに疼く 我はいまだに 惑いの五十路(いそじ)

pencil隠れ那須 むさぼり交わる 恥骨の音を 狂い奏(かな)でよ 九尾の狐

| | コメント (0) | トラックバック (0)

懐かしい一言

sun一言文句を云う前に ・・あんたの○○を信じなさい・・あんたの知らない明日がある  ほりゃ明日がある ほりゃ明日があるsun

昭和38年 植木等とクレージーキャッツが歌ってヒットした西島大作詞の 「学生節」の一節である。ちなみに作曲者は山本直純。

当時高校受験の兄へ勉強に身が入っていないと苦言を呈した父が、小学6年の僕がこの歌をうたって聞かせると、兄にむかって「信じてるぞ」と一言吐いて、苦笑いしながら酒を飲んでいたのを思い出す。その後兄は見事に受験には失敗したが、父の一言により以前よりは勉強したと思う。

『愛することは、信じることの必要条件だ』と言ったのは、フランスの小説家ビクトル・ユーゴである。愛があるからこそ信じることができる。また、相手を信じてあげることによって、相手に愛を感じさせることができる。信じ合うことは、容易いことではない。しかし、信じ合うことで大いなる愛を勝ち得ることも可能なのである。この「学生節」は、とぼけた言い回しでありながら含蓄のある歌である。このあと、おふくろさん、学校 の先生、恋人の立場から歌われるが、歌詞はうら覚えでほとんど忘れてしまった。でも子供ながら、親父と息子を他の人物にした替え歌をよく歌って遊んだものである。

 憂さ晴らしに歌って見ませんか?気が晴れますよ!サラリーマン・OLの皆さんは、元歌の親父息子を部長(課長)と社員に替えて、恋人は、好きな人と彼氏(彼女)に、夫婦は適当に替えて・・・・。

学生節
西島大作詞 山本直純作曲

一言文句を云う前に Gakuseibushis_3
ホリャ親父さん ホリャ親父さん                 
あんたの息子を信じなさい
ホリャ信じなさい ホリャ信じなさい
柳は緑 花くれない
風が吹いたらナンマイダ
あんたの知らない明日がある
ホリャ明日がある ホリャ明日がある
どっこいここは通せんぼ
ここには入れぬわけがある
あんたの息子を信じなさい
ホリャ信じなさい ホリャ信じなさい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ