桜の森の満開の下で
僕はパックだ。古来、桜は人の心を狂わすと謂われていて、旅の道中、桜の満開の森があればそこを迂回して通ったらしい。
その昔、夫婦の契を結んだばかりの旅の男女が、桜の森の満開の下を通り過ぎようとした。周りには人っ子一人居らず自分達二人だけで、そこに一筋の風が吹きぬけ、みごとに桜の花びらが、あたり一面に舞い踊った。幻想的なその中でしばし茫然とした二人であったが、どうしたことか男に震えが来るくらいの恐れが湧き立ち、そこから逃げるように一目散に駆け出した。女が男の名を叫んだが振り向きもしない。男はやっとのことで桜の森を抜け後を振り返ると、女が、置いていかれた悔しさと怒で鬼女さながらの形相を顕わに、髪を振り乱しこちらに向かっていた・・・男と女がその後別れたのは言うまでもない。
今の様な花見の宴が大衆に広まったのは、江戸時代からだそうだ。花は本来、対象物を魅了し、自分に引き寄せるために美しく咲く。満開の桜の森を想像すれば、さすがに一人では花に狂わされるかもしれない。孤独で観る桜は人を狂わすが、みんなでみれば狂わされない。しかし、どんちゃん騒ぎの花見連中(僕も含めてだけど・・)を見るにつけ、人は、桜に自ら狂わせられたいのかもしれない。
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